2018年2月1日木曜日

【発達凸凹 Book#25】 『発達障害をしなやかに のびやかに生きる!』



発達凸凹に関する本は本当にたくさんあって、この本がベスト!ということは言えません。でも、もしかすると一冊の本が、生きづらさを感じている人の扉を開いてくれるかもしれない…という思いを込めて、本をご紹介します。

本の紹介


『発達障害をしなやかに のびやかに生きる!』
対談出演:島光晴、鹿野佐代子、新田かなと、絵里さん、浩志さん
編集:新田かなと
出版:こころぴあビレッジ

本書は、発達障害当事者会フォーラム2018で運営に携わっておられた、「自立を望む発達障害者の会 アズウィッシュ」の代表の新田かなとさんから、フォーラム後の懇親会で頂いた冊子になります。



島さんが当事者に向けて発信したキーワード投入による「五者八様」の対談


高機能広汎性発達障害の当事者であり、ピアサポーターとして支援者である島光晴さん。
福祉支援員でありファイナンシャルプランナーとして障害者の経済的自立支援も行っている鹿野佐代子さん。
発達障害児の父であり、カウンセラーでもある新田かなとさん。

上記の「三者六様」に加えて、就労している成人発達障害者である絵里さん、浩志さんを加えた5名による、「五者八様」の対談が本書に収録されています。

対談では、島さんがfacebookやtwitterで発信している"当事者さんに向けた言葉"を選りすぐって、キーワードとして投入しながら、参加者が感じたことをお互いに交わし合うという形式で行われています。

また、こころぴあビレッジが製作した、思春期・青年期・成人期の当事者さんについて、彼らが安定的に学業や就労に取り組むために必要なことをまとめた「発達障害 私たちの説明書」も付録として収録されています。

書評


対談のキーワードとして投入された、島さんがfacebookやtwitterで発信している"当事者さんに向けた言葉"が、シンプルながらも、実に考えさせらるものばかりでした。それ故にキーワード投入後の対話では、当事者のリアルな姿や体験が「ガチ」で語られています。

キーワードを投入することで「計画的偶発性」を誘発?


キーワードの選定は企画者の新田さんが行ったのですが、新田さん自身が投入後に何が始まるのかわからないし、それを楽しんでいる節があります。

この姿勢は、過去にOne day cafe.kyotoにてゲストトークして頂いた、ウヌマさんの「計画的偶発性」にも通じるところがあるなと感じました。

人から学ぶ、人を学ぶ


キーワードの投入を通して、発達障害の深く苦しい困難の問題が対談者から数多く寄せられていますが、それらを解決するには、人との関わりから答えを見つけていくしかないのではという指摘も印象に残りました。

島さんは250名を超える当事者の方とお会いして、一人一人違う見方、考え方を持っていることを実感されました。そして、「人から学ぶ、人を学ぶ」というキーワードを発信されています。

One day cafe.kyotoでも、対話を通して「人から学ぶ、人を学ぶ」場をこれからも提供していきたいと感じました。

引用とコメント


以下は書籍からの引用とコメントになります。
「⇒☆」から始まる箇所が引用に対するコメント文です。

この企画を思い立ったのには、三つの動機があります。ひとつは、「そんなところは誰にでもある」「誰でも人間関係には苦労している」などという程度ではすまないという発達障害の困難の大きさをお伝えしたいのです。 
(中略) 
もうひとつは、成人当事者さんにも、安定就労を得て、社会自立をかなえる可能性が十分にあることをお伝えしたいのです。(中略)最後のひとつは、当事者さんと支援者の関係性の好転に期待しているのです。
(1ページ)
⇒☆確かに当事者さんの中には、支援者との関係に悩んでいる人も多いと感じられることがあります。本書が、当事者さんと支援者の関係の好転に寄与すれば素敵ですね♪

この日の対談は、ある手順を踏んで進んでいく。日頃、島さんが、facebookやtwitterで発信している"当事者さんに向けた言葉"がある。その言葉を選りすぐって、キーワードとして投入しながら、参加者が感じたことをお互いに交わし合う中で、何が生まれるのか、何が醸し出されるのか・・・その化学反応を味わうことを目的としている。
(3ページ)
⇒☆これは、One day cafe.kyotoでも取り組んでいることに似ているなと感じました。また、ウヌマさんが言う「計画的偶発性」に期待を込めているとも言えると思いました。

サラッとしていても、その場その場に親和性があるというか、純粋に本当に向き合っている感じがするんですよ、当事者さんとお話をしているとね。 でも、パッとしたときにそれはもう過去のものであって、次のときに、そんなものはもう何も引きずらないんですけれどもね。 
だから、あっさり関係性が切り替わったりもする。正直、最初、僕も戸惑いました。「何で?」って思う場面あったんですよ。だけど、それでもこの人達は、その場その場でちゃんと人と向き合っているんだというのは分かってきた頃に、やっと心地いい感というのがやってきましたね。定型の人と関わるのは、じめっとしたものを共有しないとね……。
(9ページ)
⇒☆確かに、このサラッというか、常に点と点で向き合っている感覚は当事者の方と話していても感じる時もありまね。逆に、「執着」というものを感じられて、それはそれでじめっとしたものを押し付けられていると感じる時もありますが^^;

定型の目線がない。客観がないんじゃなくて、定型目線がないんです。
(25ページ)
⇒☆なるほど!当事者さんはメタ認知ができないのではなく、「定型の目線から見た自分」という感覚がつかめないのかもしれないですね。

三つ組特性と三つ組以外の特性を見比べたときに、一つのことが見えてくる。前者は、行動特性であり外観から見た当事者さんを分析している。後者は、むしり原因特性であり、彼らの心に広がる独自の世界を表現しているものが多い。つまり、原因であり、心象風景、思考パターンだ。
(29ページ)
⇒☆だから筆者は、三つ組の障害では表現できないものに注目しているのかもしれないなと感じました。

「本人のやり方ができるまで」とか「そうなっていないのに無理強いしてはいけない」とか、よく一般的にも言われるじゃないですか。特に発達障害児の支援者ではね。というのは、まさに本人にとっての独自のステップとやり方があるんでしょう。
(31ページ)
⇒☆その通りだと思います。一人一人、特性や思考パターン、(視覚優位・聴覚優位といった)情報処理の仕方が違うのだから、それぞれのやり方を尊重することがこれから重要になってくると思いますし、それぞれのやり方を尊重し、活かし合う社会を築いていきたいですね♪

いっそ真っ直ぐに生きた方が、彼にとって"自分らしい自己肯定な生き方"となるのかもしれない。その答えとは"自分らしい真面目さの先に「しなやかに のびやかに」という生き方がある"と言っているように思えてくる。 
そこを自らの意思でやっていけるのなら、それほどしなやかでのびやかな生き方はないのでは……と考えるのだ。
(34ページ)
⇒☆この「しなやかに のびやかに」という生き方を自分の意思でやっていく、そこに愉しさを感じる当事者さんが今後増えていけば素敵ですね♪

僕は、当事者さんが職場でしんどくなってしまうときに、単に人間関係が悪くなるというだけではなくて、その職場の行動基準をうまく取り入れることができないとか、周囲のペースに合わせられないとか、上司や同僚が共有している"固定概念"から置き去りにされている、というのがあるんじゃないかと思うんです。
(38ページ)
⇒☆この職場の行動基準というのは、改めて説明されたり明文化されないから、なおさら当事者は理解できないと思う。そして、その行動基準も、場面場面によってコロコロと変わってしまうという気がしますね。

僕は、実際会ったときに、その人をもう知っているから(その後にネットで交流する際も)その人目線で理解できるんです。 
でも(ネットの世界だけに没頭してる)当事者さんたちは、言葉も字義通りにとらえている面があって、それだけでもう反応して、「今の発言が気に食わなかった」とか……。
(40ページ)
⇒☆よくわかる気がします。だからなおさら、その人と対面(オフライン)で会って言葉を交わすこと、そしてそこで対話することの愉しさをもっと多くの当事者に知ってもらいたいと思います♪

"発達障害の深く苦しい困難の問題を解決するためには、結局のところ、人と関わることから答えを見つけていくしかない"というもうひとつの真理。当事者さん自身にとっては、一番苦しい選択であるだろうが、島さんは「ここを超えずして解決もない」と言っているように思えてくるのだ。
(46ページ)
⇒☆どうすれば当事者が人と関わること、人と意見を交わすことや対話に愉しみや意義を見いだすことはできるのか? そして、その愉しみや意義に当事者が気づいていける場をどのような形で提供するのか?
One day cafe.kyotoとしても、考えていきたいテーマですね。

あたたかな周囲の関わりと失敗が許される環境さえあれば、彼は自らの力で、困難を乗り越えていくのだと筆者は確信している。
(50ページ)
⇒☆失敗が許される環境というのは、当事者会で他の当事者がトライ・アンド・エラーをしている姿を見る、もしくは自らトライ・アンド・エラーをしてみて、当事者会でフィードバックをもらうということも大いに重要ですね!

理解するために、相手との違いというのは最初に区分はしたほうがいいけれど、最終的に、じゃあ特別な存在として置いておかなければいけないとか、腫れ物に触るように扱うようなことをしても、おそらく当事者さんは救われないですよね。
(52ページ)
⇒☆当事者さんも定型発達さんも、「対等な立場」で意見を交わし、自分の考えと相手の考えの違いを認め尊重する。そんな場をOne day cafe.kyotoはこれからも提供していきたいと思います♪

 "凹っていても補う凸がある""得意なところがあって、補う力となっている"とはいかなくて、"本当に凹で困っている、補う力でカバーしきれていないときに障害と呼ぶ"と言われたときに「ああ、なるほどなあ」と。
(52ページ)
⇒☆その"本当に凹で困っている、補う力でカバーしきれない”ときに、さっと手を上げて助けを呼ぶ。それが当たり前である社会になってほしいなと思います♪

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